空は雲一つなく、普通こんな日は気分が晴れるものだ。しがない一介の船乗りでしかない彼も、例外に漏れず今日は気分がいいらしい。
うーん、と気持ちの良さげな声を漏らしながら、大きく伸びをする。
やれやれ、今日も変わらないんだろうなぁ…。平和が一番。さっさとあんなロボットの運送なんて終わって、女房の顔が見たい。そんな感じのことを考えていた。
しかし、次の瞬間その希望はあっさりと打ち砕かれることになる。
「す、水中衝撃波!!?」
……。ちなみに作者の苦手な英語が関連してか、彼の発した言葉考えたことは例外なく和訳されているが、そこあたりは気にしないで置こう。
実際は英語である。恐らく!「What!!?」とかいっているのだろう。
突然の衝撃に彼は慌てた。恐らく他の職員も慌てているはずだろう。
敵襲。
その二文字が彼の頭の中に浮かんだ。
彼も軍人だ、その単語が頭に浮かんだ瞬間、冷静な判断力を取り戻し、自分の有事の際本来いるべき場所に戻ろうとした。
しかし、その行動はあっけなく終わらされることとなる。いや、終わらざるを得なくなる。
海面に現れた、鯨のような巨体。世界中何処を探しても見つからないだろうその生き物に彼はこういった。
「ば、化け物!!!」
その言葉が彼の最後の言葉になった。早く帰って女房に会いたいという彼のささやかな希望はこうして打ち砕かれた。
想いの欠片
「す、水中衝撃波!!?」
他でもない、碇シンジにパンツを目撃されたエヴァンゲリオン弐号機パイロット、惣流アスカラングレーもその突然の衝撃に驚愕を隠しきれずにいた。
弐号機の顔?うん、顔。
に乗っていた彼女は、バランスを取り損ね、不幸な少年碇シンジの上に不時着した。
「い、いたたたた…。」
柔らかな感触に、喜んでいいのか、悲しんでいいのか。ちと重い気もするが、それも年頃の思春期の少年には幸せに値するだろう。
「……重いんだけど…。」
前言撤回。この碇シンジという少年はそれほど色恋に興味はないらしい。っていうか、無関心?しれっと年頃の女の子に向かって重いと口にするあたり大物の風格を漂わせる。
「な、何ですってぇ!!?」
ほら、怒った。恐らく、重いといわれたら、百人の女性のうち、九十九人は怒るだろう。当たり前すぎて、作者にも良くわからない。
彼女はよろよろと立ち上がると、状況を確認しようと辺りを見回した。そこに、シンジがまたまたしれっと言う。
「…使徒…だね。」
まさか、日本に着く前に実戦が訪れるとは、かの聡明な惣流アスカラングレーでも思いもしなかっただろう。
しかし、これは同時に好機でもある。生意気なサードチルドレンに一泡拭かせるための。
「チャーンス。」
シンジに見えないように、アスカはニヤリとほくそ笑んだ。
話は、現在より、二時間ほど前にさかのぼる。碇シンジがどうしてこの弐号機格納プールにいるのか。それを説明せねばなるまい。
あの後、つまり惣流アスカラングレーがシンジに、怒りの鉄拳、ドラゴンビンタ、を食らわした後。シンジが怒り人悶着あったらしいが、そこはまぁ置いておこう。
艦長に弐号機をネルフに渡してください、見たいな、許可をしてもらうため、ミサトは操縦室に来ていた。
しかし思いのほか頭が固かった艦長にミサトは閉口。こりゃダメだと、実力行使。つまり、色気で迫ってみようかしら?と考えていた頃、尻尾頭の加持が登場。アスカは「加持さん!!」と喜ぶが、ミサトは心底嫌そうな表情。シンジはさっき叩かれた左頬がヒリヒリするのをじっとこらえていた。加持の登場でミサトと艦長の交渉事は有耶無耶になり、そのまま加持のおごりで昼食に。
そのあと、加持の不用意な発言によって、ミサトはレタスを噴出し、シンジの顔にレタスがくっついた。「うっわ、汚ね。」と言ったか言わなかったかは定かではない。
そんで昼食も終わり、加持にそそのかされた?アスカがシンジを自分の家来にするための前座として、弐号機格納プールに連れてきた。と、そういうわけだ。
作者も書いていて意味がわからなくなってきたが、こういうことだ。
そして、話は現在に至る。
「よしっ。いくわよ!!アスカ!!!」
気合を入れたのか、はたまた彼女が真性のマゾヒストで自分を痛めつけて快感を得ようとしているのかはわからないが、自分の頬を両手でパチンと叩く。余談だがパンツを見られた際シンジにお見舞いしたビンタの百分の一ほどの威力だったらしい。
手首についているボタンを押し、プラグスーツと、自分の体の間に入っている空気を抜く。プシュっという独特のエアー音が鳴った。
「サードチルドレン!!着替えた!!?」
「うん。一応ね。でも何か変な感じ。いやだなぁ…こんな格好…。」
シンジはアスカのプラグスーツの予備を着ている。プラグスーツは女性用と男性用に分かれていて、それぞれサポーターがついている場所が違う。女性ならば胸部に、男性ならば股間にといった具合だ。もちろん、アスカのプラグスーツは女性用であるため、本来シンジが着る為のプラグスーツにはついているはずのサポーターがない。まぁ、どうなるかはご想像にお任せしよう。いつもよりも目立つそれをみてアスカが赤くなったとか、ならなかったとか。
「じゃあ、いくわよ。」
「ねぇ、一つ聞いていい?」
暴れまわっている使徒など気にないかのように、やる気なさげな声でシンジは言った。
「何よ。」
「何で、僕が弐号機に乗る必要があるの?」
「あ、あたしの華麗な操縦を見せてやるって言ってんのよ!!!ありがたく思いなさい!!!」
シンジはまだ不服そうな顔をしているが、これ以上言っても勝てないと悟ったのか何も言い返さなかった。
行くわよ、アスカ…。
心の中で呟く。初めての戦闘で怖くないはずがないのだ。言葉には出さないが、シンジを乗せるのは怖いから。
一人だと怖い。誰でも感じるのだ。
そして同時に、全く怖がった様子のないシンジにアスカは驚いていた。それから、すこし頼もしくもあった。
しかし、そんなことは微塵も感じさせずに、エヴァンゲリオン弐号機は起動した。
「な、あんなもの起動させるなんて、許可した覚えはないぞ!!!ダメだ!!!」
あまりにも頑固な艦長の言葉にミサトはとうとうキレた。いや、それだけではないかもしれない。実際は日頃の鬱憤晴らしもあるだろう。
「あんたねぇ!!!今そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!!マイク貸しなさい!!!アスカ!!!ナイスよ!そのまま行っちゃって!!!」
『当たり前でしょ!!あたしの凄さ見せてあげるわよ!!!』
艦長はまだ五月蝿くわめいていた。ミサトはそれを一瞥し。
バキッ!!!(怒りの鉄拳、ドラゴンエルボー)
撃沈。
『あのう…何か鈍い音がしたんですが…。』
「えっ?気のせいよ!!っていうか、シンジ君も乗ってるの!!?」
『えぇ、何かそういう展開みたいです。』
「……試せるかも…。いいわ、そのまま奴さん倒しちゃって!!」
『私にかかったら瞬殺よ!!!』
通信が切れると、ミサトは携帯電話を取り出し、どこかに電話をかけた。
「うん、そう。…計測頼むわよ…うん…うん…わかったわ…じゃあ。」
なにやら怪しげな笑みを浮かべた後、彼女は呟いた。
「…二人同時のシンクロ…。どうなるかしら…。」
ぴっ。
控えめに電子音が鳴る。暗闇で蠢く影。
見覚えのある尻尾頭からそれは加持だとわかる。戦闘中には彼の仕事はない。なんだかんだ言って、エヴァの中が一番安全なのだ。
フラグメントが光る。フラグメントの上にホログラムのような虚像映像が映し出される。
「…こんな所で使徒とは。とんだトラブルですよ。」
『心配ない、そのための弐号機と、予備パイロットだ。』
「御子息のことで?予備とは、噂どおりですね。」
『……奴の話など聞きたくはない。』
「はいはい、すいませんで。で、私はどうすればいいんで?」
『いざとなったら君だけでも逃げたまえ。例のアレが無事ならそれでいい。』
「…大丈夫。無事ですよ。じゃあ、戦闘機でも失敬して逃げるとしますか。」
『あぁ。それがいいだろう。着き次第司令室に来い。』
「わかりました。では。」
『プッ…ザー…。』
不意に映像が消え、ノイズが入る。通信は途切れたようだ。
「…やれやれ…。こんなもん。どうするっていうんだ?」
加持は手に提げたトランクを持ち上げ、肩をすくめた。
「………真実はまだ碇司令も知っちゃいない…か。こんなもん。何の役にも立たないのにな…。」
ま、そうと知ってて使われてやる俺も俺だけどな。加持は不意に自嘲的な考えにとらわれて苦笑する。
「俺の次に真実を知るのは…誰なのかね?まだ全部で数えるほどしか、いないがな。」
そう呟いて加持は出て行く。薄ら笑いを顔に浮かべながら。
加持がいなくなり、その部屋は静かになった。
聞こえてくるのは、外の使徒とエヴァとの交戦の音だが、それすらも気にならないほど静かだ。
時折、船が揺らされ、この部屋も同時に揺れる。
カツーン
落ちた鉛筆はころころと転がっていく。
鉛筆が元あったところには白い紙が置いてあった。
何かの資料だ。
その資料に何かが描かれている。
それは何かの絵だった。
よほど絵の上手い人が書いたのだろう。中心には中性的な長い黒髪の少年。少年の頬には涙が描かれている。
その涙が、落ち。そして、綺麗な結晶になる。そして、その結晶が大きくなって、地球の形をしていく。
そんな絵だった。
この絵を誰が、何を思って書いたかは知らないが。加持の言っていた、『真実』にこれが深く関係しているのは間違いないだろう。
不意に大きな振動が部屋を襲った。天井に、壁に、床に、ひびが入り、部屋は決壊する。被害の原因であるエヴァンゲリオン弐号機の大きな手が天井を突き破り、現れる。
その衝撃で底に穴が開いたのか、その部屋は浸水して水浸しになった。
もちろん、あの資料にも水がかかった。
文字は、もうぐちゃぐちゃで読めない。
弐号機の手は、もういなくなったが、浸水は止められないらしい。
真実は、海の底に流れていった。
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